Feature item vol.7 SUNGLASSES / サングラス

Feature item vol.7 SUNGLASSES / サングラス

 

皆さま、2018年の夏はいかがお過ごしでしょうか。

とにかく暑くマリンスポーツなどは絶好の機会かと思いますが、照りつける日差しが着実に体力を奪っていくので体調にはくれぐれもお気をつけください。

今回はそんな日差しをスマートに保護するおしゃれアイテム、夏の定番小物「サングラス」のご紹介です。
EURO SURF STYLEでは大好評のサーフブランド MOKEN VISION (モーケン ビジョン)のサングラスを取り扱っております。

MOKEN VISION (モーケン ビジョン)はフランス、オセゴーのサングラスブランド。5月に横浜赤レンガ倉庫で開催されたグルーンルームフェスティバル2018で日本初展開となりましたが、ブースに訪れた方々の注目を浴び、多くの方が購入されたサングラスになります。

屋外スポーツのシーンでも、街の中でもシーンを選ばないデザイン、機能性。そろそろ新しいサングラスを買おうと思っていた方にピッタリのブランドかと思います。

EURO SURF STYLEでしか取り扱いがなく、すでに売り切れ間近のアイテムを是非この機会にご覧になっていって下さい。

 

1.MOKEN VISION / モーケンビジョン
ENZO 13,000 yen (tax not included)

 

サーフブランドのサングラス

モーケンビジョンENZO

moken vision enzo

サングラス サーフスタイル

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2.MOKEN VISION / モーケンビジョン
BAKER 13,000 yen (tax not included)

 

サーフブランド BAKER

モーケンビジョン BAKER

surf brand BAKER

moken vision BAKER

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3.MOKEN VISION / モーケンビジョン
HEPBURN 13,000 yen (tax not included)

 

サーフブランド HEPBURN

モーケンビジョン HEPBURN

surf brand HEPBURN

moken vision HEPBURN

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4.MOKEN VISION / モーケンビジョン
PURPLE HAZE 13,000 yen (tax not included)

 

サーフブランド PURPLE HAZE

モーケンビジョン PURPLE HAZE

surf brand PURPLE HAZE

moken vision PURPLE HAZE

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いかがでしたでしょうか。
MOKEN VISIONのサングラスでヨーロッパのサーフスタイルをお楽しみ下さい。

その他にも、EURO SURF STYLEでは、< EURO SURF STYLE 2018 SPRING SUMMER COLLECTION >を展開中です。今回ご紹介したブランドだけではなく、こちらも新入荷のサングラスブランド、CHIPIRONのアイテムも販売中。さらにEURO SURF STYLE定番ブランドのFIRMAMENTOやPASSENGERからTシャツなどのアイテムを新入荷しております。是非、ご覧下さい。

それでは、まだまだ暑い2018年の夏を有意義にお過ごし下さい。
 

Written by Hiroyasu Kato
Mon, 06 August, 2018

Keep Paddling Vol.7 道

Keep Paddling Vol.7 道

 

最近、親(37歳)子(5歳)で空手を始めた。自分自身が小学生の頃少しやっていて、いつかまたやりたいなあという漠然とした思いと、子供が少し甘えん坊状態で男らしくせねば、という思いが重なり合っての行動であった。すると半年足らずで、一人称が「自分の名前」から「俺」になり、食べられなかったカレーライスを盛り盛り食べるようになり、師範にご指導いただくと相手の目を見て「押忍、恐縮です」ときちんと返答できるようになった。私自身も、今まで見て見ぬ振りをしてきた己の未熟さ・弱さを痛感し、謙虚になり心身ともに鍛えたいなと自発的意識が芽生えるようになった。人間的な「強さ」とは奥が深いなと。

柔道、剣道、空手道。「道」とつく名の武道は、とてもいい。礼儀が身につき、肉体的にはもちろん精神的に鍛錬を積み人間的成長を促してくれる。

なぜだろうと考えた。

そこにはきっと「歩み」の「積み重ね」があるからだろう。最初は何もなかった場所に、誰かが歩き始め、失敗し、知恵を絞って乗り越えてようやくでき始めるのが「道」。そこで感じたこと、うまくいったこと、苦労したこと。先人たちの英知が結晶となり、濃縮還元された技が引き継がれていく。だから、先人たちやその道を作ってきた全ての人へのリスペクトが生まれ、礼節を持って感謝をするのだろう。そして、また人に伝えていく。「道」は素晴らしい循環を生んでいる。

ヨーロッパサーフィン

少し前置きが長くなったが、同じような「道」的感覚が「サーフィン」と「ヨーロッパ」にも共通するなと強く感じたのがこのコラムの発火点である。

「サーファーへ 100の言葉(エイ出版)」に代表されるように、レジェンドサーファーたちの発する言葉は人生哲学そのものだ。

例:
「Flow with it, be part of it.(流れに身を委ね、その一部となる)」 ジェリー・ロペス
「乗るべき波を見逃してはいけない。その波は人生最後の波になるかもしれない」 アルビー・ファルゾン
「経験してみなきゃ何も分からない。頭で考えているだけじゃだめさ」 ジョン・ペック

外国人にどのように説明するか難しそうだが、仮に「サーフィン道」というものがあるとすれば、間違いなく「道場訓」として、書した言葉が同上に掲げられるであろう名言が散りばめられている。

そして、ヨーロッパの文化もまさに「道」そのものではないだろうか。長上を敬い積み重ねてきたもの・時間に対する美徳・そこに新しい感覚もしっかり重ねていく文化。建築、食、アート、どれをとっても魅力が奥深いのはアメリカやオーストラリアには絶対的にないだろう。どちらがよい悪い、いうことでない。それほど時間や歴史というのは普遍的で不可変的であるということである。

サーフトリップ

世界中で最も古い文明をそのまま伝えているのは「日本」だそうである。それはとても高貴なこと、だと。(引用:世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?山口周著:光文社新書)

大島紬、螺鈿細工、浮世絵、春画、神輿、森羅万象、八百万の神、多神教。
どれをとっても長く継承され、世界中から視点を変えて評価されてきた日本の伝統文化・思考。どのカテゴリーにも、想像を遥かに越える「道」があって今があるのだろう。

僕らが日本人として「サーフィン」と「ヨーロッパ」に惹かれる理由は、ごくごく自然なことなのかもしれない。

スケートとサーフィン

だから、僕らも少しでも多くの「道」を受け継ぎ、時には新しい未来につながる「道」を作っていきたいと改めて思う今日この頃であった。(ハイスタよろしく、Making the road。猪木&一休和尚よろしく、「この道を行けばどうなるものか〜〜〜〜〜〜迷わず行けよ!」)

押忍。

Keep Paddeling,

 

Written by Syunsuke Kimura
Tue, 31 July, 2018

From Europe Vol.7 Saudade of Portugal Surf, Lisbon

From Europe Vol.7 Saudade of Portugal Surf, Lisbon

 

「大航海時代に外国の門戸を開けた。今は自分たちが外国人に開放する番」

答えてくれたのは「Lisbon Crooks and Surfers」(リスボン クルックス アンド サーファーズ、以下リスボンクルックス)。リスボン中心地から少し離れた場所にLX factoryという昔の印刷工場をリノベーションした複合ショップ施設がある。小さなブランドや、味だけでなくインテリアにも気を使った飲食店が多く入居する、リスボンクリエイターたちの集合体。その施設の4階にリスボンクルックスはLX factoryができた当時からアトリエを構える。ハンドシェイプのオリジナルサーフボードや、オリジナルTシャツ、その他グッズなどを作りながらも「自分たちはブランドではない」という彼ら。ちなみにそのアトリエ内にはJumboさんの写真(by 330photo)が飾られていた。去年バルセロナで開催された「SURFCITY FESTIVAL」でブースが隣同士だったことが縁で知り合ったとのこと。Jumboさん、ヨーロッパの行く先々にこのお方の足跡があります。さて、話を戻すとリスボンクルックスのウェブサイト(http://www.lisboncrooksandsurfers.com)からもわかるが、彼らはリスボンエリアはもちろん、昨今のポルトガルサーフ事情をユーモアと風刺たっぷりに表現している。リスボンクルックスは疑問にこう対応してくれた。

リスボンクルックス

− ポルトガルサーファーについて

思ったよりポルトガル人サーファーを見ることができませんでしたが、あなたたちはウェブサイトでこう説明しています。
“In the last 5 years surfing as been growing in popularity not only as a sport but also as the lifestyle it represents”
(※出典 http://www.lisboncrooksandsurfers.com/surf-portugal/ )

そこでサーフィンが生活の一部になっているポルトガル人はどこにいますか? またポルトガルにサーフカルチャーはあるのでしょうか?

「サーフカルチャーはリスボンやポルトなど都市にあるといえるでしょう。(サーフタウンである)サグレス、エリセイラ、ペニシュの場合は、外国人がその一部を担っています。しかしポルトガル人サーファーの数は増えています。ただ私たちは他のスポーツも愛しています。例えばフットボール。私たちのサーフカルチャーは他の国のそれと違います。例をフランスにとるならポルトガルのサーフカルチャーはとても小さく、まだ日が浅い。そして私たちはサーファーである前にオーシャンラバーなのです」

オーシャンラバー

— 南西コースト(アルガーヴエリア)について

南西コーストでは北ヨーロッパナンバーをつけた大型車が多数停車し、彼らは旅行者というより居住者のよう。彼らによるヒッピーコミュニティが存在し、それはサーフカルチャーの1つのようにも思えましたが、ポルトガル人らによるものとは別物。それについてどう思いますか? “ウェルカム”なのでしょうか?

「AlgarveやAlentejo(アレンテージョ、Algarveとリスボンの間のエリア。ここも海岸沿いが自然保護地域になっている)といったエリアは70年代からすでにジャーマンヒッピーがいました。ポルトガルはすべての人を歓迎します。そして長く滞在しているサーファーの彼らはすでにローカルであり、同時に探検家として見なされます。ポルトガル人ローカルと外国人の間にはいいヴァイブスといいエネルギーがある。その理由は同じ目的を持っているから。自由に生き、波を楽しみ、人生に喜びを見いだし、味わうこと。40年前からバンで生活する人やキャンパーたちが到着し始めましたが、確かにここ3年ほどでその人口は増えています。それ自体はノープロブレムです。ただローカルへのリスペクトを忘れず、自分たちのゴミをちゃんと管理するのがベター」

アルガーヴ サーフ

— 外国人に対して寛容

フランスで生活している身からすると、ポルトガル人はとても外国人に対し親切でやさしいと思いました。ポルトガルの人たちは外国人を迎えることに慣れているのでしょうか?

「はい、一般的にポルトガル人はとてもホスピタリティがあり、フレンドリーです。私たちは大航海時代において、いろんな大陸にある諸外国へ最初に到達した人類です。日本にも1540年に到達しました。(今は逆に)全ての人がウェルカム。リスペクトの姿勢を示す限り、ポルトガル人と同じように扱われます。ポルトガルでは誰がどこから来たなど関係なく、訪れた人はみんなリラックスでき、安全で、そして快適に過ごせる国です。私たちポルトガル人はいつも外国に興味があり、そしてどうしてポルトガルに来ることを選んだのか、それが知りたいのです」

ポルトガル サーフィン

— ポルトガルの物作りについて

Made in Europeを掲げる小さなブランドが増えていますが、産地はポルトガルです。そのことからMade in Portugalの小さなブランドに会えることを期待していていましたが、あまり叶いませんでした。工場や技術はあるのに、ローカルブランドが少ないのはなぜでしょうか。そもそも意欲はあるのでしょうか? それともやりたくても難しい理由があるのでしょうか?

「ブランドを作るのは難しい。なぜならポルトガルには十分な資本金がなく、国内マーケットは小さい。だから(作ったとしても)ブランドの成長はあまり見込めません。しかし私たちは優秀な工場を北部にたくさん持っています。状況は今、現在で変わっている最中ともいえますが、私たちの国の経済事情は以前悪い状態のまま。そしてポルトガル人はお金を持っていたら、それはほぼおいしい食べ物とワインに消えてしまいます(笑)」

ポルトガル 料理

— ポルトガル人らしさ、生きがいとは

少ない機会ですがポルトガル人と接触するなかで、あなたたちはとても優しく、自己犠牲の精神を持ち、誠実だと思いました。スタイルやカルチャーは、その時代の風潮が大きく関わっていると思います。そこで、今のポルトガル人の人生観、生きがいを教えてください。例えばフランス人だったら「(どんな手を使おうが)そのときを楽しむこと」です。断然に!

「ポルトガル人の目的はいい人生を送ることです。グッドライフとは友達がいて、愛のある日常を送り、自分たちのしたいことをすること。家族はとても大切な要素の一つ。仕事もそうでお金を稼ぐことはハッピーですが、それ以上に時間の方が大切です。私たちは知っています。ポルトガル人が経済的に裕福になることはないということを。けれど、友情と愛情に満ちた生活を豊かなものとし、そう送れるように日々を過ごしています」

ポルトガル サッカーゴールと板

【答えてくれた人のサーファーとしてのプロフィール】

名前 :ALFREDO
サーフィン歴:30年以上。8歳でボディサーフィンをしたとき、波に恋してしまった。それ以来の付き合いになるけど、未だに学んでいるし毎回恋に落ちている。初めてのときのように。
最近の愛用ボード:浮かびさえすれば全てのボードが愛すべき存在。
海上がり、真っ先に食べたくなるもの:Salty kisses (原文回答ママ)

このやり取りのあと、リスボンで話したあるローカルサーファーのセリフが思い出された。「ポルトガル人はかなしさが大好き! もちろん楽しいことや嬉しいことも大好き。だけどかなしさが大好きなんだ! ファドを聞いて泣く。みんな泣くよ。そうやって自分たちが抱えているかなしさを放出するんだ」。

その内容をにわかには信じられず、その後に会った他の人に聞いたりもした。かなしいことが好きですか? とは聞けなかったが、ファドは実際に聞くサーファーはいた。そしてそれは女性より男性が多い、というか聞くと答えたのは男性のみだった。

ポルトガル サウダージ

総括。サウダージポルトガル

フランス・ビアリッツに戻ってきてからのこと。ここでポルトガルについて行ったことのあるサーファーと意見交換をした。すると彼女はポルトガルの魅力についてこう言った。「ポルトガルには自分の居場所があると思えた。以前ボルドーに住んでいたことがあったけど、そこで自分の居場所は見つけられなかった。同じフランスなのにも関わらず。でもそれがポルトガルではただのトリックなのに居場所を感じたの。不思議。それで好きになった」。

彼女の言葉には全面的に納得できる。他の人も同じ感想を持っている可能性が高い。だからポルトガルにハマってしまうのだろう。

自分の居場所を見つけやすいのは、ポルトガルが外国人に寛容な土地であるということが大きいと思うが、しかしときに“聞かれれば笑顔で応じるが、自分からは求めない”という他者に無関心な様子も受け取れた。またポルトガルにはどこか全体的に“将来の可能性へある程度の見切り”や“昔へのノスタルジー”というムードが漂っているとも感じた。リスボンや、リスボンから上のエリアへ行くと歴史的建造物、中には巨大で立派な世界遺産登録のものが突然現われる。大昔に築かれた栄華は今でも形に残されている。それが昔の栄華と現代の状況を自然と比較させ、ままならない現在に何かの感情を抱くことになるのか…。それはあくまでも妄想の範囲だが、言っている人も実際いるように、ポルトガルやポルトガル人がかなしい、哀愁のようなものを持っているのは感じた。サウダージ。

ポルトガルライフ

しかしそこには暗さがない。それは太陽のおかげかもしれない。空気も乾燥している。湿気を帯びているのは人だけだ。特に男性。ただし、それがポルトガルらしさと言えるのかもしれない。そのポルトガルらしさが今後サーフスタイル、カルチャーへともっとビジュアル化されるようになるとしたら、それは大変興味深い。

長く綴ってしまったが、これはあくまでも今回の旅から出た見解。ポルトガルが実際はどんなところかはみなさん各々が確かめてみてください。サーファーにとって波天国。損はしません。悪天候のときに旅をしてもそう思える希有なところ。ぜひ海沿いをクルマで駆け抜けてみてください。夏場は大混雑、それ以外の時期にも来る人は増え、確かにラッシュ状態のようですが、でもまだスペースは残されています。ポルトガルでは“自分の波”が見つかるはずです。

Written by Michiko Nagashima
Fri, 22 June, 2018

From Europe Vol.6 Surf Point, Portugal

From Europe Vol.6 Surf Point, Portugal

 

ポルトガルへサーフィンしにいく人、次のバカンス先の候補地にリストアップする人、行ったら好きになってフランスに帰ってくる人…。

ビアリッツに住み始めてから6年ほどが経過したが、ここ2−3年の間、まわりの友人知人がこぞってポルトガルに行っている、もしくは興味を巡らせている。

フランス南西部のサーファーにとって、ちょっとサーフトリップで外国へという場合はモロッコが主流だった。もちろんモロッコに行く人は今でもいるが、その数は減り、それに代わるようにしてポルトガルが台頭してきたような流れだ。正確な数を取っていないので、あくまで体感的なものだが。

ポルトガルラッシュが始まった?

フレンチサーファーにとってポルトガルはエアポケット的な存在だったように思われる。波はいいが、水温が低い。それがネックで、ポルトガルに比べれば水温はまだ高く、波もよく、そして歴史的背景から関係が強く、フランス語も通じるモロッコを選んでいたのだろう。しかし言葉は通じてもモロッコはアフリカ大陸の一部で宗教、文化はフランスのそれと違う。そのおかげで旅に出たという感覚は、陸続きのポルトガルより簡単に感じられる。ただし、今はその宗教問題から発せられる治安問題に警戒する人が増えた。そこで今まではスルーしてきたポルトガルにフレンチサーファーが注目し始めたのだ。そう考察するが、これはどちらかというとネガティブな事柄からによる。それでは人気は続かない。リピートしたい人がいるのは何か魅力があるはずだ。

サーファーにとってポルトガルはどんな土地なのだろう。その疑問を持ち、この3月に実際ポルトガルへと行ってみた。

フランスから近いけど遠かったポルトガル。サーフの視点からみてみたい。

旅の期間は約2週間。リスボンでクルマを借り、ポルトガルの海沿いを走り続けることにした。北は冬のビッグウェーブで有名なナザレ、南はポルトガルの最南西端のサグレスまで。その間に様々なポイントに立ち寄ったが、もしナザレとサグレスを直接移動したとする。地図アプリで検索すると距離にして500km弱。時間にして4時間ほど(リスボン近郊の通勤ラッシュをのぞけば、ポルトガルは日本より高速の上限速度が高いため、速く走れる)。そのルートは実際には走っていないが、旅の経験から数値は適正といえる。日本の場合で例えると、距離は違うが時間なら東京—名古屋間。何を言いたいかというと、ポルトガルは南北には長いが小さな国。事前に聞いていた通り、短期間でもいろいろ走り回れた。

しかし残念なことに天気に恵まれなかった。期間中、晴れた日は3-4日程度。それどころか嵐までやってきて、大シケの日が続いたことも。これはポルトガルにとっても異常気象だったそう。だがこの冬場は雨がほとんど降らず、水不足に陥る危険性があったそうで、ポルトガルにとっては恵みの雨といえる。そのせいで海にはあまり入れず、晴れていても強風で面はグシャグシャと、ローカル曰くポルトガル本来の魅力は全く発揮されていないらしいが(苦笑)、それでもこの間に見たポルトガルの海について、各地、各エリアの写真とともに軽く触れていきたい。

リスボン近郊と、南西コーストでは雰囲気が全く違う

■ Ericeira エリセイラ

リスボンより北に向かいクルマで1時間弱。小さな漁師町。30分歩けば、町の地理はある程度把握できる。滞在したときは嵐が到来し、強風&海は大荒れ。外に出るのもままならなかったが、一瞬の晴れ間をついて散策したときの風景は別格。通りはスクラップ&ビルドの最中。これから変貌を遂げていく予感大。国道沿いにはクイックシルバーのポルトガル初となるフラッグシップストア、Boardriders Ericeiraがあり、巨大なスケートパークが完備。カルチャーの香りが嗅ぎ取れた。

エリセイラ

エリセイラの街

Boardriders Ericeira

 

■ Penich ペニシュ

エリセイラを起点に約60km、クルマで1時間ほど北上した岬。3面を海に囲まれ「365日中360日波がある」とはローカル談。WCTの会場もこちら。自分が訪れたときはBaleal(バレアル)というポイントで運良く入水できた。水は覚悟していたより冷たくなく、3×4mmのウエットでOK。個人的にはここ近年で一番いい波に乗れた。海の中では英語をよく耳にし、スクールも英語で何クラスか開催されていた。夕方小さなスーパーに寄ったところ、あるグループが店頭テラスでビールを飲んでいた。肌寒い曇り空のもと、彼らの陽気な雰囲気が印象に残ったが、それはイタリア人グループだった。スクールの先生によると「ペニシュに来るサーファーは多国籍だが昨年はイタリア人が増えた」。近隣情報として、すぐ近くにObidos(オビドス)という城壁に囲まれた古い村があり、観光が楽しめる。またそのエリアはワイン産地でもある。

ペニシュ

ペニシュをドライブ

ペニシュ  オビドス

 

■ Nazare ナザレ

ペニシュからさらに北上、クルマで1時間。名物のビッグウェーブを期待したが、凄まじい強風のためシケっていた。波のサイズは3−4mほど。しかし驚いたことに「大波の名所」を一目見ようと、サーファー以外の観光客がいっぱい詰めかけていた。岬に通じる道はクルマで渋滞し、少し離れたところにある駐車場には大型バスが何台も停車。後から聞いた話だと「冬の日曜日は一般の観光客でも混雑」。ナザレの冬の大波は、もはやサーファーだけのものではない。
近隣情報として、ナザレ近辺にはカステラの原型となったPao de lo (パオ・デ・ロ)の人気店がある。中身が半熟状態でユニークなテクスチャーはペロッと食べられる。素朴な甘さが後を引く。潮風にあたって疲れた身体に効果的。

ナザレ ビッグウェーブに期待

ナザレ

ナザレ Pao de lo

 

■ Cascais カスカイス

リスボンの隣、通勤ラッシュの時間帯を避ければリスボンからクルマで西に30分ほどと、リスボンサーファーのお膝元。(もう一方は運河を挟んだ向かい、Costa da caparicaからCabo Espichelまで約25kmに続く海岸線)うねりと風の向きによって、岬をはさみ湾側か、大西洋側かでポイントを選べる。岬の内側は港になっていて、その港寄りのビーチでインサイドの波を数名のサーファーが乗り合っていた。ローカルによれば「夏は内側は波がなく、大西洋側のGuincho (ギンチョ)というポイントのみがヒット」。カスカイスは海に沿って国道が通り、電車も並走。駅からは波が見える。坂道が多く、キャリア付きの自転車にボードを乗せ、ウエット姿でペダルを漕ぐサーファーの姿を目にした。どこか湘南を思わせる。リゾート地であり高級住宅街である。

カスカイス

カスカイスをドライブ

カスカイスの街並み

 

■ Algarve アルガーヴ

ポルトガルの最西南端岬、Sagres(サグレス)を起点に大西洋側を西海岸、その内側を南海岸と呼ぶようだ。このエリアの海岸線は自然保護地域となっているため、基本的には国道が1本近くを通るのみ。各ビーチへアクセスするには国道と結ばれているローカル道、たいていは信号のない道を行かないと辿り着けない。地図上でみるとポイントは隣同士でも、実際には一度国道に出る必要があるため、ポイント間の移動に時間を要する。波を当てたいなら事前情報の精度が他エリアより重要と感じた。今回5−6カ所のポイントを訪れた。それぞれ特徴は違うが、このエリア全体でいえることがある。それは切り立った崖に囲まれてビーチ、ポイントが存在すること。ゆえにワイルドで自然のパワフルなエネルギーがある。そしてポイント近くの駐車場にはバンや、キャンピングカーが多数停車。ちょっとしたバンの見本市会場になるぐらいだ。ただそういったクルマはほぼポルトガル以外のナンバー。多いのはドイツや、オランダなど北ヨーロッパ圏。駐車場で耳にする言語も英語が多く、北ヨーロッパ人たちがアルガーヴでコミュニティを形成しているよう。前の世代のヒッピー文化をなぞっているような。フランスナンバーのクルマもあったが全体でみると少数。ポルトガルナンバーも人もいたが、ビーチ周辺にいる数でいえば北ヨーロッパ人の方が多いように感じた。

アルガーヴのワイルドな自然

アルガーヴをドライブ

アルガーヴ 車

 

フレンチによるポルトガルラッシュを予測して行ってみたものの、実際そこで目にした多くは北ヨーロピアン。特に自然が保護された、美しいアルガーヴ地方になるとその傾向は顕著。それは今回の旅の発見でもあった。反対にローカルであるポルトガル人サーファーをあまり目にしなかったのはなぜか。2週間も海沿いにいたくせに、ポルトガル人サーファーとは? と聞かれたら正直答えに窮する。コンディションのせいか、時期の問題か、それともただ見落としているだけなのか…。

波乗り天国。しかしローカルの姿はどこ? 現地で生じた新たな疑問

2週間のうち数回した入水できなかったにも関わらず、ポルトガルはサーファーにとって魅力的な国というのがわかった。様々なタイプのビーチ、波が多数にあり、ポイントの選択肢が豊富。個人的にもその数回の中で“自分の波”に出会えたことが大きい。感覚なので説明が難しいが、“自分の波”にはフランスでも、もとい日本でも出会って来ることができなかった気がする(個人差大)。ポルトガルには入り込む隙間がどこかしらある。確かに水温は高くないが、魅力的なサーフデスティネーションだ。

ポルトガルサーファー

それをもってしてこの旅をまとめることもできるが、行ったことで新たな興味、疑問が生じた。それはポルトガル人サーファーについて。いるはずなのに目立たない。サンプル数が少なく、あるだろうポルトガルサーファーのスタイルを、ビジュアルで感じるところまで辿り着けなかった。そこでその興味や疑問を数少ないが、出会えたローカルサーファーのうち、あるグループにぶつけさせてもらった。もう少しお付き合い願いたい。

 

Written by Michiko Nagashima
Thu, 21 June, 2018

Viaggio Vol.4 BARCELONA, SPAIN [スペイン、バルセロナ]

Viaggio Vol.4 BARCELONA, SPAIN [スペイン、バルセロナ]

 

空路イタリアのミラノからスペインのバルセロナへと渡った。数十ユーロのチケットと数時間のフライトで、フランス全土を飛び越えスペイン最東部バルセロナへと着陸した。ガウディの歴史的芸術的建造物をひと目見たく、イタリアからこの地にたどり着いた。街並みはガラリと雰囲気が変わり、人々の表情も少し違うように思えた。

バルセロナの街並み

身にまとう服装もイタリアとは変わり、親しみやすい雰囲気が、服からも表情からも、同じように感じとられた。接する人々は往々にして陽気「アミーゴ」という言葉を巧みに駆使し、僕のパーソナルスペースに迫ってくるのであった。これも決して不快ではなく、むしろ心がほぐれ有難くも感じた。

バルセロナの人々

欧州では一般的なコンパクトな左ハンドルのマニュアル車を借りて、バルセロナの市街を散策する。交通量はかなり多く、たまに現れる坂もとても急なものばかり、借りたての慣れない車では、楽しめるどころか不安が募るばかりであった。坂道発進では後続車がいると途端にテンパリ、都度エンストやふかし過ぎの失態ばかりで、街の交通のリズムを乱していたのであった(恥)

コンパクト車でバルセロナ散策

そうこうしているうちに、どうにかこうにか目的の世界遺産にたどり着くことができた。サグラダファミリア、300年の期間を経て造られようとしている。写真に収まらないほどの大きさで、目を凝らすと細部にまでびっしりと彫刻が施されていた。目の前に現れたその建物も建築計画も、とにかくスケールは壮大のひと言。人生を賭けたプロジェクトどころか何世に渡り受け継がれる重大なミッション。僕の人生設計など本当にちっぽけなものに思えた。。。

サグラダファミリア

丘に登りバルセロナの市街を一望する。曇天のせいかその色彩はくすんで見える。街並みが美しいとされるヨーロッパの中で、ここバルセロナは表現は悪いが、汚れて混み合っているように思えた。丘の上から全体像を捉えると、街の中に時折あらわれる美しい風景とはうって変わって、それは雑然とした僕にとってはあまり魅力を感じない類の景色が眼下に広がっていた。

バルセロナの丘の上から

市街をくまなく眺めていると、怒号のような歓声が僕の耳に届いてきた。遠方からやってくるその音源は街全体を轟かせ、人々のサッカー熱の凄さに再び驚きを覚えた。聞くとスタジアムではFCバルセロナの試合が行われていると、丘の上にいたローカルは誇らしげに教えてくれた。

バルセロナのスタジアム

彼方に見える海岸線、地中海に面するゆえにそこに到達する波の数は限られ、バルセロナのサーファーを常に満足させるには到底いたらない。今回の旅でも僕を満足させてくれる波には最後までありつけなかった。

カタルーニャの郷土料理

それでも人混みにまぎれ街中を闊歩すれば、陽気なローカルたちと触れ合え、カタルーニャの郷土料理を味わえ、荘厳な建造物や、美しくデザインされたモニュメントに数多く出会えた。唯一僕を苦しめたのは左ハンドルマニュアル車での坂の多い運転と縦列駐車だけであった。
次回モロッコへつづく

Written by Hideki Jumbo Sakakibara
Instagram : @jumbomax69
Mon, 18 June, 2018