Vol.4 San Sebastian, Spain

Vol.4 San Sebastian, Spain

スペイン、サン・セバスチャン。

この街の名前はサーフスポットとしてよりも“美食の街、バル発祥地、飲んだくれの天国・・・”などといったグルメに関するキャッチコピーの方が一般的には知られているかもしれない。その理由は行ったことのある人ならよくわかるだろう。石畳の路地が残る旧市街、その400m四方に満たないほどのエリアに立ち飲みバル(レストラン併設も多い)が密集する。その数は有に100を超え、繁盛店であれば人が道にまで溢れ出て、軒先でワインをかっくらいながらピンチョスと呼ばれる小皿料理をむさぼり楽しんでいる。
石畳の道と石造りの建物からなる旧市街はひんやりと、チャコールグレー色が強いが、その色がまた酒と美味いものを愛する人たちのほんのり上気した頬の赤みを際立たせる。そこのコントラストから成る雰囲気は独特で、かつ陽気。通りすがるだけでも楽しめる魅力的な雰囲気だ。肝心のバルだが、そこで出されるピンチョスは安くて美味い。ワインも同様だからたまげたものだ。(ただし店選びが肝心!)

少しグルメについて長くなってしまったが、サン・セバスチャンの一般に知られる顔は他にもある。

映画ファンの間では国際映画際の街として。毎年9月の開催時期になるとセレブが海外から招かれ、現地でも話題にのぼる。64回目となった2016年はイーサン・ホーク、ユアン・マクレガーなどがレッドカーペットを歩きファンを賑わせた。また日本から『君の名は』の上映につき、新海誠監督の姿も見えた。

音楽、特にジャズ好きであれば夏のジャズフェスティバルを思い浮かべるかもしれない。会場は海のすぐそばに設営され、聴きに来る人を選ばない。潮風を感じながら子供から大人まで一緒にジャズを楽しめる。2017年には52回目の開催となり、ジャズの街としても歴史がある。

サン・セバスチャンはスペイン北西の人口約18万人(2011年時点)と、ひとつの地方都市でありながらグルメ、映画、音楽といった文化に強く、話題に事欠かない。人を誘う魅力に溢れている。

そもそもサン・セバスチャンが街として発展するきっかけとなったのは19世紀末のこと。ときのスペイン王妃マリア・クリスティーナが海水浴を楽しむ避暑地に選んだことがきっかけとなった。それから1世紀以上を経、今では歴史と新しい文化が入り交じる、小さいが活気のある街としてヨーロッパ内で認識されている。

その新しい文化のひとつにサーフィンがあげられるだろう。

 

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サン・セバスチャンにはビーチが3つあり、メインのサーフポイントは一番北にあるスリオラビーチ。

「スペイン人サーファーからしてもサン・セバスチャンのスリオラはいいポイントだよ。波は常にあって、クオリティも高い。それに海から上がったらピンチョスも楽しめる。スペイン人は食べること、飲むことが大好きだからそれも込みで素晴らしい場所といえる(笑)。でも1つだけマイナス点がある。それはとても混み合っているということ。ヨーロッパで一番混んでいるサーフスポットのひとつではないかな」

そう教えてくれたのはサーフィンカメラマンのイケール。彼はサン・セバスチャンから少し離れた、ムンダカ(スペインを代表するサーフポイント)から30分ほどの海沿いに家を構える。そのイケールは、サン・セバスチャンで開催されるサーフフィルムに特化した「Surfilmfestibal」のオフィシャルカメラマンだ。それゆえサン・セバスチャンとの縁も強く、かつ客観的な視点を併せ持つ。

「サン・セバスチャンの特徴はサーフポイントと街が近いこと。街中でウエットスーツを着て、ボードを携え裸足で歩くサーファーを見ることは日常。そんな光景を目にできる場所は世界でも数少ないんじゃないかな? サン・セバスチャンのサーフ事情を語るときに街抜きでは話せないよ」

確かに「Surfilmfestibal」のフィルム上映はバルがひしめく旧市街にある映画館で行われる。映画鑑賞の前後、この街を有名たらしめるバルによらないわけがない。

この「Surfilmfestibal」だが毎年6月に開催され、2016年に14回目を迎えた。ヨーロッパで一番古いサーフフィルムの映画祭である。それも実はこの「Surfilmfestibal」とはサン・セバスチャン国際映画祭のエクストリームフィルム部門から派生したものなのだ。アイデアとしては14年以上前からあったといえる。

今ではサーフフィルムの映画祭は世界各地で行われ、アイデアの新しさからその場所ならではの個性を出すことにシフトしている。
しかし、“サーフフィルムだけに特化した映画祭”という発想が誕生したときは斬新で、それがサン・セバスチャンで生まれたのはすでにあった国際映画祭の存在、そしてその近くに波があったからなのだろう。

波と街、その街に根付いた文化。それがサン・セバスチャンでは繋がっている。

 

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イケールはサン・セバスチャンサーファーのライフスタイルを自分の暮らしと比べてこうみている。

「海、波しかないともいえる自分が住む場所。そことサン・セバスチャンのどちらがいいかと問われたら、サーフィンだけなら自分のところと答える。友達もいて、自分の家族もいる。しかし単身だろうが、家族とだろうが暮らしでみればサン・セバスチャンがよい場所であるのは間違いない。サーフィン以外の楽しみがたくさんあるから。身近なところでライブハウス(リニューアルしたダバダバ)や、映画祭、美術館。もちろんバル巡りも。
街から少し足を伸ばせばバスク文化が色濃く感じられる場所があり、ワインで有名なリオハも日帰り圏内。山登りも気軽に楽しめる。冬はピレネー山脈でスキーだ。遊びの選択肢がたくさん、それだけ家族サービスもたくさんだろうけど(笑)」

2016年は欧州文化首都でもあったサン・セバスチャン。歴史を大切にしながら新しいことに挑戦、取り入れようとする風潮、士気が街全体から感じられる。サン・セバスチャンの文化では新しいジャンルとはいえ、サーフィンをうずまく環境、シーンの変化は感じる。次回はサン・セバスチャンのサーフカルチャーについて、もう少し掘り下げます。どうぞまだもう少し、サン・セバスチャンにお付き合いください。

Written by Michiko Nagashima
Tue, 10 January, 2017

Vol.3 Reality of Surfer in France

Vol.3 Reality of Surfer in France

「平日の朝は子供を学校へ送りがてら出勤。夕方になれば仕事は終わるから、波次第でそれからサーフィンして帰宅。週末はもちろんサーフィン。ただし寒くなるこれからの時期はサーフィンだけじゃない。スノーボードも楽しめる。近場のスキー場なら車で2時間もかからず行けるから、午前中はピレネー山脈でスノーボードをし、午後はビアリッツに戻ってサーフィンを楽しむ。同じ日に場所と板を変えて遊ぶのも、ビアリッツサーファーの週末スタイルの一つ」。

そう教えてくれたのはビアリッツの街中でアパレル関連の店を営むマチューさん42歳。

「ビアリッツに住むサーファーはどんなライフスタイルを送っているのか? いつサーフィンをしているのか?」という問いに対しての答えである。

典型的なパターンを教えてくれたが、シンプルに答えると「仕事以外の時間に波があればいつでもサーフィン」するのがビアリッツサーファーのスタイルであるらしい。
アフター5サーフが可能なのは残業をしないフランス人らしいが、ときにはランチタイムまでサーフィンするらしい。

「お昼休憩が2時間あるからね。波があればランチを5分で済ませ海へ直行。昨日もそうだったよ。できるときにやっとかないと」。

ビアリッツは海と職場、職場と家、家と海、これらの移動距離はそれぞれ10分〜15分と近く、サーファーにとって有利な立地条件である。しかしそれを差し置いたとしても波があるときにサーフィンに行くことができる、許されるその環境は贅沢だ。

ビアリッツサーファー

ビアリッツサーファーのマチューさん。ビアリッツの街中でアパレル関連の店を営んでいる。

 

フランスでも40歳前後といえば当然家庭を持つ人が多い。いくら波次第の生活でも家族と過ごす時間、バランスはどう取っているのだろう? そもそもビアリッツに住む大人のサーファーとは、どんな人たちなのだろうか。

マチューさんとの会話は続く。

「そうだね、大きく3つのタイプに分けられると思う。1番多いのは生まれも育ちもビアリッツで、そのままここで仕事をして家庭を持つ人たち。2番目は他の場所や都市からの移住組。例えばパリからの移住組なんて、けっこういるね。都会で十分な稼ぎは得られる反面、その生活に嫌気が差し、子供を育てるなら自然や海のそばがいいと考える人が実行に移してやってくる。その場合、仕事はビアリッツで見つけたり起業したり。3番目はその都会での仕事をキープしながら、メインの住まいをビアリッツに移すタイプ。平日は都会で仕事をし、週末はビアリッツで過ごすいわゆるデュアルライフを送る人たち。週末しかサーフィンできないが、ビアリッツは小さな町で満足のいく仕事がなかなか見つからないというのも現実だからね」

ちなみにマチューさんは2番目の移住者タイプに当てはまる。子供は3人。この数は多めに入る。

「週末のサーフィンには子供も連れて行っちゃう。小さなサーフボード、子供用ウエットスーツを用意してサーフィンを一緒に楽しむ。まだ一人で乗れないから教えながら。その時間は自分の好きなことを子供に伝える、親子ならではのふれあいタイムでもある。……って言えばパートナーへの聞こえもいいでしょ♪」。

仕事も家庭も持ちながらサーフィンにかける時間も十分に取れ、さらにサーフィンと家族サービスも同時にこなしてしまう。マチューさんの場合は時間があるだけではなく、時間のやりくりも上手い。ある意味、プロの大人サーファー。

「フランス人の生活は仕事がメインではなく、趣味を楽しめる時間がある。そこは日本の人からするとフランス、そしてヨーロッパが憧れられる環境であるのはよくわかる」

こう言うマチューさん、実はこの1年以内に初めて日本へ出張で行き、そのときにちゃっかり? いやしっかり?かサーフィンをしてきた。

「湘南で入ったよ。波はビアリッツより小さく、人はビアリッツより多かったけど。でも雰囲気は湘南の方がいい。自分たちはあきらかに日本人ではないのに、肩身の狭い思いというかローカリズムは感じられなかった。むしろピースフルな雰囲気。ビアリッツの方が湘南に比べると海の中は殺伐としているよ。日本人の方がサーフィンにかけられる時間は少ないからその分貴重なはずなのに。おかしいな、我々♪」

ビアリッツの特徴として夏はバカンスで来る人が多く、また波自体も小さいのでローカリズムは強くないが、夏以外の時期は確かに海の中で見る顔は大抵同じだ。

それにはビアリッツの波のコンディションが影響していると思われる。
まず水温は年間を通して低い。カリフォルニアまでとはいかないが、日本の湘南よりは低く、ウエットスーツを脱げるのも真夏の2週間ほど。それでも朝晩は必要なときが多々ある。波も夏を過ぎると大きなうねりが届き始め、秋冬は楽しむというより修行の場になりうる。春になるとサイズは落ち着くがピレネー山脈からの雪解け水が流れ込み、その冷たさは想像以上! ゆえにビアリッツサーファーはタフな人が多く、フィジカル・メンタル両面でタフさを持ち合わせていないと続かない、そこに楽しみを見い出せないのだ。

ビアリッツサーファーたち

 

最後にビアリッツサーファーのキャラクターについてマチューさんが自身の考えを述べてくれた。

「フランス人は趣味にかける時間に恵まれている。でも趣味のないフランス人だってもちろんいる。そういう人は家にいて……何をしているのかな?(笑) でもビアリッツにいる人、わざわざ移住してきた人はサーフィンという趣味にかける情熱を持ち、その熱量も強い。年を重ねるごとに社会人として、家庭人としての責任は増えるけど、一方で若いマインドは保ったまま。きれいに言えば少年の心を持った大人、ってところかな。」

仕事も家庭もあり、サーフィンを楽しむ時間も持つ。ただビアリッツでのサーフィンはリラックス、メロウというよりスポーツ、ハードな面が強い。それを楽しみながらこなしていくのがビアリッツサーファーの今のようだ。

そう思えば海ではサーファーがよく何かしら愚痴っている姿を見るのは日常だが、みなどこか嬉しそうだ。

ここの人たちはエネルギーに溢れている。

Written by Michiko Nagashima
Sat, 05 November, 2016

Vol.2 Biarritz , french surfing capital

Vol.2 Biarritz , french surfing capital

It was in summer 1956 that the first surfboard appeared in Biarritz – France ! : located in the south west of France on the atlantic coast , this small town with eccentric architecture happened to be the host of Hollywood screenwriter Peter Viertel in charge of filming Ernest Hemingway’s novel : The sun also rises ! In summer 1955 , Peter sent by his producer Darryl Zanuck from 20th Century Fox came checking the Basque Country and choose the luxurious Hotel du Palais as a base for his explorations . situated at Grande Plage beach , the location reminded him from Malibu in California with some perfect waves to surf but there was no surfer in France yet ! So the following year , with Peter’s advise , when back in Biarritz , Richard Zanuck the producer’s son took a surfboard in his luggage ! As soon as his dad heard about the surfboard , he ordered his son to fly back to California ! Peter had never surfed in his life but loved bodysurfing , so he thought of testing his surfing abilities . He walked from the hotel to the beach on a day where the waves were a bit big . He asked the local lifeguards if he could go for a surf : the lifeguards had never seen a surfboard before , and so the told Peter to be careful with swimmers . Peter now followed by the curious lifeguards tried to go out in the surf but didn’t succeed , he had never heard that you need to wax a surfboard so that you don’t slip on the deck …. Some of the lifeguards tried too but nobody could stay on the board !!! That was the first test of surfing in Biarritz ! Some of the lifeguards told him to make a test in Cote des Basques where the waves were more gentle , so , now the word has spread out that some american wanted to walk on the waves . Some of these french beachgoers had seen footage of surfing in theaters and were very curious about testing a surfboard . The day Peter came to Cote des Basques he became surrounded by some of these french …, he tried again but as there was no wax , he didn’t succeed staying on the board again and even lost his board in the rocks and got it damaged ! As he had to go to work he let the surfboard to local engineer Mr Hennebute so that he could fix it ! Monsieur Hennebute fixed it and thought of using some bee wax that french cooks used for jam preserves as a wax to spread on the surfboard … and it worked … and a bunch of french people tested the surfboard and became surf addicts right away .

Cote des Basques was the place where surfing became popular : these curious french guys didn’t know anything about the materials used to build surfboards so they went their own way . Some being engineers like Monsieur Barland went researching on foam and fiberglass and resin , some like Monsieur Rott who was carving wood tested the wood way , and after years of experimenting and testing Barland and Rott got together and created « Barland/Rott surfboard « business in 1958 . Dozen of surfers were sharing surfboards in Cote des Basques . In 1958 , the «  attaché d’ambassade «  from the Peruvian Embassy in Paris , Monsieur Carlos Dogny came for a visit in Biarritz and fell in love with the place and the waves . As he had been taught surfing by Duke Kahanamoku himself in Hawaii in the late thirties , Carlos has organized with his polo friends a surfclub called Waikiki surfclub in Miraflores – Perou . Being fluent in french from a french father , he was a very wealthy playboy . He offers to help create the first surfclub in France with the name Waikiki surfclub so that links be created with both surf clubs . The Waikiki became the first official club ever in France with a gym and a meeting place as well as a room with racks for these heavy longboards in the «  établissement de bains «  on the beach of Cote des Basques in the heart of Biarritz !

And surfing bloomed in France as some surfing contests started with the help of Jo Moraiz who started a few years later in 1965 the first surf shop ! and then in 1966 the first surf school !

By word of mouth , Californian surfers started to show up in Biarritz , surf Cote des Basques , and enjoy «  the steak house «  at night . Both americans enlisted in the american army and based in Germany and americans running away from the enlisting in Vietnam were meeting in Biarritz .

As for us young french surfers a new culture was right in front of our eyes with the arrival of a new way of life , a new code of dressing : before that nobody had ever seen T shirts as well as jeans . These long haired kids from America were in our face : a new world was happening and we were the first in France and Europe to be part of it , but it took a very long time for people around to understand !

International World surfers of the 60’s started to incorporate Biarritz in their surfing agenda as part of a traveling mode incorporating Spain , as well as Portugal and even Morocco . Very famous international surfers such as Nat Young ( World Champion ) , Mark Martinson ( shaper ) , Bill Hamilton , Miki Dora showed the way as they came again and again to surf Biarritz waves and started to explore north and south ! A few movies such as «  A life in the sun ( 1966 ) «  , « Evolution ( 1969 ) « , Waves of change ( 1970 ) «  , brought more traveling surfers to our shores !

The World Amateur Surfing Championships in 1980 at Grande Plage in Biarritz confirmed the popularity of surfing with french and international media . The contest scene went on with the ASP events of the World Pro Tour with short boarders . And then the long boarders took over with Robert Rabagny who organized the Biarritz Surf Festival in Cote des Basques !

Surf riders have been the most populars travelers in Biarritz since ! Surfers come from California as well as Germany or Sweden to ride a few waves in Biarritz ! Surf is spread all over France but if you ask anybody about where is the surfing capital of France it is without any doubt that it’s Biarritz !

Sylvain

Written by Sylvain Cazenave
Tue, 27 September, 2016

Vol.1 What is “SURF ” for Biarritz Local?

Vol.1 What is “SURF ” for Biarritz Local?

フランスにサーフィンが持ち込まれて60年が経過。
それから今、ヨーロッパにおけるサーフィンとはどんな立ち位置で、どんな風にみられているのか。

一回目のコラムでそんなお題をいただき、せっかくなので(?)当事者であるサーファーに聞いてみることにしてみた。答えてくれたのはフランス人、ビアリッツローカル。ただしローカルといっても移住組の方。それまではパリなどの都会で暮らし、サーフィン以外の世界も知る。サーフィンを始めたのは30歳を過ぎてからで最近は40という年齢が近づいてきたことからボードの長さを長くしようか、それとも厚みをつけようか悩んでいる様子である。

そのローカルサーファーに聞いたのがこんなシチュエーション下での話。例えば初めての人に会ったとする。
そこで「サーフィンしています」と自己紹介するとしよう。するとその初めて会った人からはどんなイメージを持たれるのか? 「サーフィン」からどんな言葉が連想されるのか?

返ってきた答えはこうである。

「サーフィン=1、旅 2、エクストリームスポーツ 3、環境」

さらに答えはこう続けられた。

「そこからサーファーとなると3つの単語からこんなキャラクターが連想される。
旅 → 好奇心旺盛でオープンマインド
エクストリームスポーツ → 一般の人とは違った存在、レアな人
環境 → 自然への理解、共存」

「サーフィンって何?」と聞かれる事はもうないが、経験したことのある人はまだ多くなく、それゆえサーフィンはヨーロッパでも少し特別感をもつという。サーファーとはよい意味で一般の人とは違う生活をし、フットワークが軽く、時間の使い方が自由でアーティスティック。どちらかというと憧れの眼差しで見られることが多いと説明を足してくれた。

リー・アン・カレン

トム・カレンの娘、リー・アン・カレンがビアリッツローカル。プロサーファーの顔とミュージシャンの顔両方を持つ。
まさにアーティスト

 

サッカーのように全員が学校で習えるようなものではなく、サーフィンにまだ特別感はあるが、しかし挑戦するヨーロッパ人は増えているように見受けられる。

サーフィンが持ち込まれたビアリッツのコート・デ・バスクには今、5つのサーフィンスクールが並ぶ。そのうちの一つでサーフレッスンを生業とする先生が近年のスクール生事情について教えてくれた。

「国別に見るとフランスはもちろんだけど、夏のバカンス期はドイツ、イギリス、スエーデン、ノルウェーからの人が多い。どこもフランスより寒くてサーフィンは身近な存在ではない。けどそれでも興味を持つ人は多く、実際トライをしにここまでくる人は年々増えている」。

サーフィンの認知度は一般レベルまで広がったが、サーファーはまだ限定される。しかし人気は上り坂でサーフィンに挑戦する人は増加を辿る。これだけみればヨーロッパにおけるサーフ事情は日本とさほど違いがないようだ。

ただしサーファーのライフスタイルにまで話が及ぶと、それは日本とは違ってくる。サーファーのライフスタイルはこちらではアートの一種と捉えられるという。

冒頭の質問に答えてくれたローカルサーファーによると、サーファーは1日の時間割、1週間の過ごし方を自身で設計。それはクリエイティブなことで、日常生活のそれ自体がアートと見なされるのだそう。そしてそれは概ね好意的。

フランスにいるとアートという言葉は芸術の意味もあるが、表現の意味も持つように思える。日本で使われるアートより意味は多数。

そのローカルサーファーは昔を振り返ってこうも教えてくれた。

「我々は自分たちが何者なのか。どこからきたのか(何人なのか)。何をしたいのか。それを常に問いかけられてきた。学校で、社会で、家庭内でも。特に60—70年代、一番自由でヨーロッパ全体が楽園のような時代に青春を過ごした親に育てられた世代は顕著。だから自分を表現することは普通のことで、クリエイトすることはむしろ得意。そしてクリエイトはアートともいえる。この時代背景はフランスに限った話でなくヨーロッパ全体としてもいえると思う」。

サーフスクール

コート・デ・バスクに並ぶ5軒のサーフスクール

 

このコラムが掲載されている当Webサイト「EURO SURF STYLE」ではヨーロッパのサーファーが作るブランドが各地から集められ紹介されている。ユーロサーフと大まかにまとめられていても、その実それぞれに違いがある、その土地の香りがするようなプロダクトもある。

このビアリッツローカルの話からすると、作り手である彼らはサーファーである前にヨーロッパ人であり、自分たちは何者なのかを常に追求し、表現してきた人たちである。その個性がプロダクトに反映されるのは当然だ。ただヨーロッパにいるサーファーが作った物、それだけでは終わらない。

買物だけでなく、各ブランド、プロダクトを通しヨーロッパの海、人、土地の個性も伺い知ることができるだろう。それはこの「EURO SURF STYLE」のサイトが持つ醍醐味の一つだと思われる。みなさんどうぞ、そこもお楽しみください。

Written by Michiko Nagashima
Tue, 27 September, 2016